日本のフィールドガイドには載っていないカラフトフクロウ。でも、フクロウファンなら一度は見てみたいフクロウである。
カラフトフクロウと言われれば樺太(からふと)だけに棲んでいそうな印象を受けるが、そんなことはない。どうしてそういう和名になったのだ? もっとカッコいい名前がふさわしいと思うのに。
樺太以外では、ざっと言って北半球北部の森林に広く分布する大型のフクロウで、見るのはそれほど難しくなさそう?・・・と思いたい。だが、日本から漠然と訪ねてもそうは簡単に姿をみせまい。私がバードウォッチングツアーで樺太を駆け抜けた時には、ご本家なのにその影すらも拝めなかった。森の奥深くにひっそりと・・・などと勝手に想像をふくらませると、それだけ神秘なフクロウに思えて“憧れ度”はつのるばかり。
「ヨウゾウ、トロントの東にカラフトフクロウが出たぞ。見に行くなら詳しい行き方を教えるよ。ちょっと長いドライブになるけど。」 アメリカはミシガン州アナーバーに滞在中、地元野鳥の会で知り合ったアル・メイリィが声をかけてくれた。行くも行かぬもない。
もらったA4の紙には、方向音痴の私でも間違えないほど詳細な図面。目的地は、ハイウエイ401からカントリーロードへ入った斜線部分の森だ。ここで多く見られているが、道路際の杭にとまっていることもある、とのメモ書き。そして矢印が1本、“We saw it here”。そこへ行けば見られるのが当然のように思えた。胸が高鳴った。
1972年3月4日、午前1時45分に小雪のアナーバーをスタート。途中レストエリアで小一時間の仮眠を車中でとり、平均時速90km、550kmのドライブ。雪の原に針葉樹の森が点在するアウル・カントリーに着いたのは、8時45分。
来たぜ、たった1羽の鳥を求めて。あまり人怖じしないハズのカラフトフクロウが、いまにも目の前だ・・・。
一目でも見たいカラフトフクロウは、デカイ頭と胴周りが同じくらいだから、直立して止まっていると太い棒杭のように見える、ハズだ。フィールドでは“斑紋だらけの灰色の棒っ杭”を探すことになる。その格好だけでも惚れてしまうが、図鑑や写真で見ると、フクロウにしては黄色の、小さな眼がいい。その眼を中心に同心円の細い縞の班紋をデザインした顔がまたいいとくる。極めつけは、黄色の嘴の下の、ちっちゃな蝶ネクタイのような小黒班。姿形からだけでも魅力あふれるフクロウなのだ。是非フィールドで相対してみたい。
アルがくれた地図の“斜線部分の森”の端を行く。寒気が全身を包む。なに、カラフトフクロウが待っているのだ、気にしない・・・。しかし、寒いぞ。
ゆっくり歩を進める。うん? 私の重みでは足が雪にもぐりこまない。そのハズだ、表面が凍っている。やたらと滑りやすい。あっと足をとられると、緩やかな斜面が平らになるところまで、灰色の雪空を視野に亀の子状態で数10mも滑らされていく。足元へ注意を集中すると、フクロウを見つけ損なうのでは。フクロウを気にすると、スッテン、ツルルーーー。氷の雪面との格闘が、1日中続いた。
その日、憧れのカラフトフクロウは憧れのままに終った。
後で知ったのだが、アウル・カントリーがすっかり凍りついていたのは、私が訪ねた2−3日前に寒波が襲来したためだった。アノ凍った雪面ではネズミもでてこなくて、カラフトフクロウはきっと餌を求めてどこかに移動してしまったのだろう。
あれから35年余りが過ぎた。あの時が長年のアメリカ滞在中で唯一カラフトフクロウの見られるチャンスだった。残念だったなと、代わりにアルがくれた六つ切大のプリントが、今も手元にある。時経てアルとの交信は途絶えたが、アルと私はこのカラフトフクロウの1枚で繋がっているのだ。