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下村兼史写真展へ向けて準備に全力投球のため
「The Photo」は今月をもって休載とさせていただきます
長い間ご声援 心から有り難うございました
JR有楽町駅前の朝日ギャラリー写真展会場でお目にかかれるのを
楽しみにしています!

2017 JUNE

――下村兼史生誕115周年――

100年前にカワセミを撮った男・写真展


2018年9月21日(金)〜26日(水)11−19時(最終日16時まで)
有楽町朝日ギャラリー (東京 JR有楽町駅前 マリオン11F)
入場無料

[主催]
公益財団法人山階鳥類研究所
       ・特別協力 下村洋史 山本友乃

[顧問]
倉本 聰  演出家
飯沢耕太郎 写真評論家
嶋田 忠  野生生物映像作家・写真家

[後援]
朝日新聞社 一財)日本カメラ財団 日本写真芸術学会
日本鳥学会 公財)日本鳥類保護連盟 公財)日本自然保護
協会 公財)日本野鳥の会 公財)世界自然保護基金ジャパン
環境省 文部科学省

[協賛・協力]
株式会社システムファイブ
有限会社バード・フォト・アーカイブス

下村兼史写真展を観て 初めて下村作品を実感!

CDを写真集やデジタル画像にたとえたら、CDのライブに相当するのが写真展です。ライブならではの感動や興奮を、下村兼史写真展で味わってみてはいかがでしょうか。ご自身の目でそして五感で、下村作品を確かめるまたとないチャンスは、2018年9月21日からの6日間です。

■■とはいえ、デジタル画像で展示の予定されるいくつかをご紹介しておきましょう。



◆コウノトリ
1920年代後半7月
兵庫県出石郡
写真提供:藤村和男/バード・フォト・アーカイブス

現存する唯1枚のオリジナルプリント(四つ切)が展示される予定
この写真の原板の所在は不明です。



◆初公開を含む兼史自身の写真もご覧いただけます。
写真提供:山本友乃/バード・フォト・アーカイブス


兼史、兄良三、弟四郎、姉タヅエ          長男洋史くんと


フィールドにて 千葉県新浜



◆兼史の原画・著書(閲覧用)なども展示予定です


アオサギ
観察手引 原色野鳥図 上巻 (1935年
三省堂) p.45に掲載



◆1920年代に兼史が使っていたと思われるグラフレックスカメラなども


■■野鳥生態写真を主として下村兼史ワールドをご紹介したいものと、156uの会場で下村
  資料群の中からなにを選らんでどう展示するか、鋭意計画中です。どうぞご期待ください。

2017 MAY
飛翔中の2羽のトキ
撮影 ◆ 下村兼史
1932年8月19日
佐渡島和木
写真資料提供:山階鳥類研究所


極小さく野鳥を撮る

鳥が極小さく撮れても、生態写真は生態写真である。
  その昔、やむなく標準レンズで撮るのであるから、何鳥が撮れたのかは「撮った人にしかわからない」写真が多い。中には、「撮った人にもわからない」生態写真(?)も。DPE屋さんから現像が上がってくるまで1週間ほどかかるので、ご本人が何を撮ったのか忘れてしまっている場合もある。
  望遠レンズもままならなかった時代には、仲間内でそんな生態写真に花を咲かせる時代があったのだ。

  経験から学んだのは、鳥が小さく写っているが故にダメな写真とは限らない、むしろ傑作も狙えるということ。その持論は、今も固持している。ダメどころか、画面にワンポイント小さく鳥が写っていて、なお見ていて飽きのこない生態写真に、私は憧れさえ抱いている。小さな鳥がなんの仲間かわかるように写っていればシメタッものだし、種類が特定できるように撮れていれば最高である。

ネガではゴミのような鳥

「今月の1枚」は、小さく撮れた写真の一例、1932年に撮られた飛翔中の2羽のトキである。

[今月の2枚目]
2羽のトキが写っている手札判ネガ(75×100mm)
山階鳥類研究所所蔵 ID no.: AVSK_NM_1734

原板を見ると、楊枝の先でひっかいた位の2つの黒点が、トキとは思えない。原板に付着したゴミのような2つの点をトリミングして伸ばしたのが「今月の1枚」である。日本の生態写真・自然ドキュメンタリー映画監督の祖、下村兼史(1903-1967)が、85年前に恐らく最初にカメラに捉えた野生のトキで、生態写真史上記録的な1枚なのである。
  写真は、内田清之助 1937. 「脊椎動物大系 鳥類」三省堂、東京. p.154;文部省 1938「天然記念物調査報告 動物之部」 第三輯 p.7 など六つの書著に掲載されている。
  このトキの写真を見て驚かされるのは、2つの白点がそれぞれ翼をいい感じにひろげていて、2羽の位置関係も“決めて”いる。このチャンスを、これだけ遠くからでもちゃんと捉えていることである。写っている鳥は小さくとも、棲息環境をとりいれて、とりいれざるを得ないが、歴史に残る1枚となっている。

鳥が小さく撮れた写眞の魅力

兼史のこの1枚を見ると、鳥は小さくしか撮れなくとも、諦めてはいけないことを教えてくれる。トキならずとも、一枚の写真を作るのだという意欲と期待感を忘れてはいけないのだ。標準レンズで撮れる作品を狙うのである。
  限度はある。その限度を超える“絵になる写真にする技”が、カメラセンスではないのかと考えている。
  ドアップの傑作写真とはまた別の「味」をもっていて、写っている鳥が小さいが故に、自然に息づく鳥の姿をより自然に伝える写真。魅力的ではないか。しかし、鳥を小さく撮るのも、簡単そうで難しいことがわかる。それも、アップの写真同様、一つの挑戦であろう。楽しき哉、生態写真撮影!

(公財)山階鳥類研究所は、2018年秋に都内で下村兼史の写真展を主催します。
写真展および同研究所の下村兼史写真資料の利用についてのご質問 お問い合せは、
写真展実行委員会事務局および同研究所の下村写真資料提供窓口となっている
(有)バード・フォト・アーカイブスへ直接ご連絡ください。
〒111-0052 東京都台東区柳橋 2-1-9-901 (有)バード・フォト・アーカイブス内
tel & fax:03-3866-6763
mail:info@bird-photo.co.jp(@を半角に直して送信してください)
URL:http://www.bird-photo.co.jp/
2017 APR.
ポートレート カワウ
撮影 ◆ 西崎敏男
1968年2月18日
千葉県大巌寺

アップで野鳥を撮る

かつては、野鳥をアップで撮るということなどは、至難の業であった。
  鳥に少しでも近づくのに、また近づいてくれるように、まず相手の習性を知り行動をよく観察すること、そして、幹に寄り添って“木化けの術”で息を殺して待ったり、干潟で匍匐前進をしたり、人の形では警戒するのだろうと風呂敷や頭巾をかぶって近づいてみたり、ブラインドに隠れたり。被写体となる相手の鳥とフィールドでの知恵比べ、根比べであった。

誰にでもは撮れない生態写真

あげくに、フィルムの現像が1週間ほどで出来上がってみると、撮れたと思ったネガにはゴミのような鳥影が現れ、期待が打ち砕かれることがほとんど。ネガ一杯にアップな鳥を撮るなど、論外であった。私などは、アップとは言わないまでも少しでも鳥を大きくみせたいばかりに、部分伸ばしすればボケるのが当たり前のこととは知りつつ伸ばしてみては、ガッカリしたものである。
  往時は、双眼鏡なしで探鳥会に参加するバードウオッチャーがいたほどで、カメラを持つ人は極少なかった。ましてやレンズ交換のできるカメラというと、ほんとに珍しがられたものだ。
  後に生態写真家ともなる高野伸二さん(代表作は「野の鳥の四季 高野伸二写真集」1974年 小学館)がアサヒフレックスを手にいれ初めて135mmの望遠レンズを使い始めた1950年代半ば、私を含めて周囲の人々の、カメラから突き出た「タクマー135mm望遠レンズ」なるものを間近にみた感動と羨望は、今でも忘れがたい。その頃300mmを持っていた鳥仲間は、私の知る限り東京で一人しかいなかった。
  わずか6-70年ほど前である。

誰にでも撮れる生態写真

今日では、超望遠レンズを装着した高級デジカメを使って、昔に較べたら野鳥を撮影するのは比較にならない程たやすくなった。カメラとレンズ一式買いたての写眞のシロウトさんが、私が撮れたらさぞ得意になるような一見素晴らしい野鳥の生態写眞を、(恐らく)いとも簡単に撮って(撮れて)しまう時代とはなった。ドアップの写眞、然りである。

アップはアップでも どこか違うアップな写眞

バード・フォト・アーカイブスのコレクションでは、撮影年代が年代だけにアップで撮られた鳥の写眞は極めて数少ない。その中から、「今月の1枚」にカワウを選らんでみた。
  千葉県大巌寺の鵜と鷺の繁殖する森が天然記念物に指定されていたころの、西崎敏男さんが50年ほど前に撮影した歴史的なカワウである。歴史的と言うのは、現在は大巌寺に鵜も鷺も棲まなくなって天然記念物が指定解除された故である。東京湾岸沿いにあるコロニーで昨日撮られたカワウですといわれても頷いてしまうほど、画面からはいつ頃どんな棲息環境であったのかは読めない。
  読めないのではあるが、時代を超えて一枚のカワウのポートレート作品としてみたとき、ただカワウのアップを撮りましたという以上のものが感じられる。ポーズを決めたシャッターチャンスが光る。縦長の画面斜め一杯に被写体を閉じ込めた構図が、写眞に緊張感を与えている。鵜の表情もさることながら、左脚の動きがなにげなく決定的である。写眞センスあっての作品と言えよう。

アップな生態写真の傑作を

今日、野鳥をアップに撮るチャンスは格段に増えている。撮れた写眞も増えてくる。しかし、アップに撮れて安心してはいまいか。全自動で連写にまかせて撮りまくるのではなく、「ここぞっ!」と感じたあたりを表現できるようシャッターを切ったなら、もっともっと見応えのあるアップの生態写真が増えるのではないだろうか。
  図鑑的な写眞が狙いだ、アップな鳥さえ撮れればよい、識別用に撮っているのだなどとお考えの向きには余計なおせっかいでしかないが、半世紀ほども前に撮られたカワウを引き合いに出して、観る者にヤラレタ〜と思わせるようなアップな作品がもっと多く発表されることを期待したい。

2017 MAR.
映画「鶴と子供たち」
演出 ◆ 下村兼史
1949年
東宝教育映画
写真資料提供:山階鳥類研究所


下村兼史のセミドキュメンタリー映画

野鳥生態写真の日本の先駆者下村兼史(1903−1967)は、36歳の1939年に映画の世界に転身し、監督、演出・脚本家として活躍した。下村監督として1967年に64歳の生涯を終えるまでに、少なくとも26本の映画を撮っていたことが2年以上かかって確認された。
  少なくともというのは、写眞資料ばかりでなく兼史の文字資料の多くをも所蔵する山階鳥類研究所には、制作途中で終わったものか作品になったものかも判断つかないスクリプトや台本類が収蔵されていて、或いは、まだ眠っている未発表の映画作品がどこかに埋もれている可能性がないとも限らないと推察するからである。

待たれる下村映画作品鑑賞の機会

26作品の内、映画紹介の記事などを頼りに推察すると、恐らく自然科学ドキュメンタリーと目される17作品ほどの内、少なくとも11作品は野鳥や自然を主題としたもので、それ以外を主題にしたと思われるものが恐らく6作品である。
  セミドキュメンタリーと思われるジャンルは8作品ほどを数え、その内5作品が子供たちと鳥との交流を描いたものや、主役の鳥に台詞を言わせたりするもので、他の3作品は、どんな内容なのかさえも想像の域を出ない。別ジャンルの残る1作品が、異例の焼酎を扱ったムービーアドである。
  今日、下村監督制作の映画を鑑賞する機会は少ない。映画フィルムの存在すら確認されていないものが10余作品もあり、私が鑑賞の機会を得たのは8作品に過ぎない。一方、「或日の干潟」「鶴と子供たち」など作品数は限られてはいるが、DVDになって購入や閲覧の機会が期待される作品もある。最新情報を現在確認中であり、その情報を含め26作品の詳細な現状リストをいずれ発表したい考えでいる。

今日の鹿児島県荒崎と重なる「鶴と子供たち」

「今月の1枚」は、下村作品の典型的なセミドキュメンタリーと思われる「鶴と子供たち」のスチル写真(山階鳥研下村資料ID no.AVSK_DM_0591)である。
  鶴を観察する男女の主役に、いじわるをする悪童が登場するが、最後は仲良しになって一緒に傷ついた鶴を守って自然に放すというストーリー。下村監督の野鳥や自然を大切にするメッセージが画面に溢れている。代表的なセミドキュメンタリー映画作品の一つであろう。

  1949年に制作された40分ほどのこのフィルムを、数年前にある郷土博物館で上映したことがある。DVDに落としたモノクロの古色蒼然たるこの映画に、講堂満席の視聴者がどのような感想を持たれるのか、私は興味半分、気がかり半分であった。上映後にお聞きできた数人の方の感想は、こんな映画があったのか、今の子供たちに見せてあげたい。鶴を守りたい一心の子供たちの気持ちが伝わってきて、懐かしさもあって感激した。教育映画として今でも通じるのではないか。
  日本科学映画史に名を残す下村監督の作品に感動と郷愁を覚える人はいるものだと、いささか意を強くしたのであった。

乾板余話

「今月の1枚」の原板は、ガラス板の片側に感光乳剤の塗られたガラス乾板と呼ばれるものである。山階所蔵の兼史が生態写真として残した975点の乾板のほとんどが手札判(82×107mm)であるのに、「鶴と子供たち」のこの乾板は118×164mmと桁ハズレの大判なのだ。想像だが恐らく映画フィルムから起こしたに違いないこの乾板であるが、何故敢えて大判なのか? 答は得られないが、どうでもよい興味は尽きない。

(公財)山階鳥類研究所は、2018年秋に都内で下村兼史の写真展を主催します。
写真展および同研究所の下村兼史写真資料の利用についてのご質問 お問い合せは、
写真展実行委員会事務局および同研究所の下村写真資料提供窓口となっている
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2017 FEB.
地吹雪のカナダガン
撮影 ◆ 塚本洋三
1972年12月16日
カナダ オンタリオ州

写真イメージを想定しての撮影

頭に絵コンテを描く。こういう場面であの鳥をこう撮ろうと期待してフィールドへ出る。なにか鳥がみつかったらとにかくシャッターを押すのではなく、想定したように望む被写体を狙い撮りするのである。相手が野生の生きものでは、なかなか簡単にはいかない。思い描く写真が撮れた時の嬉しさは、また格別と言えよう。

荒天に想定外の撮影チャンス

「今月の1枚」は、荒ぶ地吹雪に耐えているカナダガンの一群。実は、あの荒れ模様では、撮影どころかバードウオッチングもロクにできないであろうと思いつつも出かけたのである。着いた先は、アメリカのデトロイトから車で小1時間ほどのカナダのジャック・マイナー バード サンクチュアリ。そこで、テーマにしていた「雪中ワイルドライフの図」の撮影チャンスに遭遇したであった。
  一見して、心躍るシーン。これを撮らねば! その場で、私が表現したい絵コンテを頭の中に急ぎ組み立てる。断続的にフィールドを吹き抜ける地吹雪に、隠れては浮かび上がるカナダガンの群れ。その姿をなんとか幻想的なイメージにしあげたい。黄色フィルターに思いを託した(もしやの効果を期待して、咄嗟に赤色フィルターも試した気がする)。
  2倍のコンバーターをつけたタクマー300mmをつけたアサヒペンタックスSPのシャッターを、寒風吹きすさぶ中、壊れんばかりに押し続けた。36枚撮りのロールフィルム トライ-Xを、かじかむ手で何本もいれかえた。
  やたらと寒い。たまらず車の陰に風をよける。とうとう車内に避難して窓から撮る。吹きっさらしにいる雁たちには申し訳ないと思いながら。

撮る前から始まる生態写真撮影の楽しみ

この撮影に味をしめて、初回の経験を基に絵コンテを描きながら、当時住んでいたミシガン州アナーバーからデトロイト経由で、その後何度もジャック・マイナー サンクチュアリに通った。自然相手の駆け引きは、一筋縄ではいかなかった。写真向きの地吹雪は、一冬でそう何回もない。そのわずかなチャンスという時に限って、私に用が出来たり。今度こそと駆けつけると、地吹雪だけでカナダガンの姿はなかった。別の格好の地吹雪では、カナダガンの群れはいるにはいたが、少な過ぎた。願ったりの群れがいた時には、現場に到着するあたりで地吹雪は次第に凪いでしまっていた・・・。

  思い通りにはいかないものである。日本へ帰るまでの何冬かで、チャンスは二度と巡ってこなかった。それだけに、私のお気に入り生態写真の僅か数枚の内の「今月の1枚」を見ていると、40数年も昔の撮影したときの興奮が、地面を吹き抜ける雪煙の中のカナダガンたちとあの寒さとともに、昨日のようによみがえるのである。
  と同時に、絵コンテ撮影の己に課した難しさとそれを克服してお気に入りを撮る密かな楽しみを、またいつか味わえる日が待たれる。生態写真撮影の醍醐味は、撮る前から始まっているのだ。

[参考] カナダのOntario州は寒村Kingsville にあるThe Jack Miner Bird Sanctuaryを紹介したものに:藤原英司 1974. 神と人と鳥を愛して ジャック・マイナーとその野鳥保護区. 世界動物百科 no.170, pp.170-T−170-V. 朝日新聞社.

2017 JAN.
半世紀前のナベヅルの一群
撮影 ◆ 廣居忠量
1965年12月28日
鹿児島県荒崎

ナベヅルのいる写真を読む

鶴の渡来地で知られる鹿児島県荒崎には、マナヅルなどと共に、現在1万1千羽を越えるナベヅルが越冬している。私が初めて荒崎を訪ねた1958年には、僅か350羽ほど。廣居忠量さんが「今月の1枚」を撮った1965年には、約1,500羽しか渡来していなかった。

  近年荒崎を訪ねると、田んぼのほぼ中央に位置する展望台から一望の田んぼを俯瞰することができる。田んぼは耕地整備が行き届いて、碁盤の目のように整然と区画されているのだ。そこで給餌時に、ひしめくように餌を採る鶴たちを見ることになる。「万羽鶴」は壮観ではある。昔を知る者にとっては、より湿潤な環境に棲息する野生味溢れる鶴たちの姿とは言い難い。それも時代の流れ、人為の環境変化には逆らえまい・・・。

  その昔、数が少なく警戒心が強い鶴の写真を撮るのは、容易ではなかった。廣居さんは、タクマ―500mm超望遠レンズを構え、腰を低くして一歩一歩鶴ににじり寄り、ようやくプラスXフィルムにナベヅルの一群を捉えたのである。
  撮影はローアングルだ。ピントをあわせたナベヅルの前後は、望遠レンズだけに余計にボケている。ボケに趣のあるこの写真は、見る者に想像する余地を残して飽きない。荒崎のその昔の空気感を感じとることすらできよう。
  写真中央の鶴が、ようやく撮影する者の気配を感じ始めた風である。採餌に余念のない鶴もいる。まだ、群れに警戒感はない。写真で地平線が水平でないところをみると、緊張しているのは、むしろ撮影している側のようだ。
  一見なんでもないようなナベヅルを撮った「今月の1枚」だが、鶴と廣居さんとの余裕ある距離感と想像をも遊ばせて感じられる荒崎田んぼの佇まいが、見る者を故郷の想いに誘うような、どこか懐かしさを感じさせる点が見逃せない。単に生態が写されている鶴を見るというより、鶴のいる景色が見る者の心の在りようにまで影響を与えてくれる凡庸ならざる写真ではないだろうか。

  廣居さんよりさらに昔に体験した私の荒崎に関心のおありの方は、次をクリックしていただければと思います:
  荒崎の今と昔、又野さんのことども http://www.bird-photo.co.jp/2_day_2006.html#Anchor-41769
  荒崎――半世紀前・後・これから http://www.bird-photo.co.jp/1_photo_2008.html#Anchor-BP-33379

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