カワウのコロニー:森林公園と不忍池
突然として、私が過日わざわざ撮ってきたカワウが登場した。バード・フォト・アーカイブス(BPA)の“売り”である古いモノクロ写真とは対極にある画像、とは承知である。モノは考えよう、20年、50年経てば、現在の写真は過去の記録としてBPAの趣旨と同じ意味の価値を持つのである。
昨今増えすぎ (?)、被害問題だ、やれ駆除しろ、いや人との共存が優先課題だと議論されるカワウではあるが、またいつの年か個体数が激減し、身勝手な人間がそれ保護だ、保護という日がこないとも限らない。その時、この1枚は、単にカワウのコロニーを写した以上の価値を持つ写真になるかもしれない、のだ。
というのも、カワウは1960年以降全国的に激減し、1980年代になってから個体数が回復し生息域を拡げてきたのである。実際、ここ埼玉県の武蔵丘陵森林公園では、1988年までまったくカワウが記録されなかった。初めて確認されたのが園内の山田大沼で、1989年のこと。少数がいついてやがて塒をとるようになり、1996年に入って営巣が初めて確認された。年を追って数が増え、年間を通じて重要なカワウの生息地となったという。今シーズンの繁殖最盛期となる2009年4月20日には、1365羽、営巣数426巣(バードリサーチ調べ)に膨らんだ。
白状すると、この写真は7月中旬発売予定のBIRDER誌8月号のARCHIVESのページに載ることになっていた。校正も入稿も終わった時点で、ある1枚の写真がみつかった。急きょ差し替えたために、また同誌の限られた紙面をここで補足するためにも、「今月の1枚」となった次第。8月号には、上野不忍池の昔のカワウの写真が3枚掲載される予定だ。そちらもご覧いただけたらと願っている。
たまたま発見された1枚とは、蒲谷鶴彦さんが1981年に撮影された不忍池の中の島のカワウコロニー全景の図である。その人工島には1978年の改修工事の際に“植えられた”5本の擬木(ぎぼく)があり、日本で初めてカワウが擬木で営巣した状況がなんとか見てとれる点で、まさにアーカイブスフォトなのである。
その擬木とは、鉄心の枠組みにグラスファイバー繊維を巻きつけ、さらに樹脂で覆って木肌をつけたという苦心作。強度も十分で柔軟性もある優れもの。島の改修工事終了とともに次々と営巣を始めたという。“木”の枝振りもよく恐らく止まり心地もさることながら、地上にも営巣し始めたカワウがいたところをみると、住宅難解消とばかりに擬木をさっさと利用したのだろうか? ちゃっかり愛らしきカワウたちよ。
東京の都心部不忍池にカワウのコロニーができたのは、飼われていたカワウがそもそものきっかけであった。1949年当時、日本で最大のコロニーの一つであった千葉県大巌寺の鵜の山で捕らえてきた19羽の雛を、不忍池に隣接するオープンケージで育てていたのである。私が中学生のころよく動物園へ行っては、1953年から繁殖始めたカワウが目の前で雛を育てるのを見て楽しんでいた。
1954年に孵った4羽の内、1羽だけが羽を切られなかったので、池を我が家とばかり自由に呼び回っていた。1962年になって放し飼いが始まり、やがて不忍池の中の島(柳島、鴨島、松島の3つの隣接する島のまず柳島)で繁殖し、次第に増えていった。1973年には約170羽、蒲谷さんが撮られた1981年には約1300羽に増加したという。
1971年には天然記念物に指定されていた大巌寺のコロニーが消滅するほど、カワウは全国的に少なくなってしまった。不忍池のコロニーは人為的にスタートしたとはいえ、野生で自活するカワウの貴重なコロニーとなったのである。
しかも不忍池は、都心であり公有地でもあり、島の改修工事や池の浚渫工事でもない限り、また種としても個性的なカワウ自身が“嫌気”を感じて不忍池を後にしない限り、人為的にコロニーが撹乱されることもコロニー消滅もまずあるまい。全国でも例外的な“地の利”を得たカワウの楽園として今日まで比較的に安定したコロニーが存続している点で、カワウ保護上重要な拠点なのである。
さらに、来歴のわかる個体識別できる“住人”が多くいる点で、コロニー性の大型鳥類の調査研究拠点として恐らく世界的にも希有な存在であろう。
大巌寺個体群の血をひく正統派?不忍池のカワウコロニーの歴史には、1970年以降不忍池一帯をできるだけ自然状態に保ち、カワウを中心としたバードサンクチュアリ的な要素を活かし、できるだけの保護を進めるという上野動物園の先進的な方針と実践があったことは特記すべきでしょう。
追記:お詫びして訂正
不忍池のカワウは、3月で0羽!(バードリサーチ調べ:私信)
最近の不忍池のカワウは、上記本文の記述に反して悲惨な状況にあると、即刻ご指摘をうけました。1970年代の上野動物園の方針が継続しているものと思い込み、世界に誇れるあの「大都会の大型水鳥のコロニー」がよもや人間サイドの事情で現状では壊滅状態になっていたとは・・・。最新の状況を調べずに希望的な記事を書いてしまい、ホームページをご覧くださった方にもカワウたちにも申し訳ないことをしてしまい、またおおいに恥じ入っています。
明日にでも現場をみてきます。 2009年7月2日夜半 塚本
レポート:上野動物園不忍池のカワウの島改修工事
7月3日朝の梅雨曇り。不忍池を二分する弁天堂の通りを西園池之端門へと向かう。かつては不忍池に棲息しなかったウミネコが飛び回っていて、聞き慣れて心和むハズのその声も今日の私には場違いのようで小うるさく感じる。
中学生のころから親しんだ上野動物園であるが、開園と当時に入った記憶はない。あいにく、というかアポ無しでは致し方ないが、小宮園長は2日間のご出張中でお目にかかれず、代わって飼育展示課調整係のご担当が丁寧に対応してくださった。
1.昨年度の予算で池の西寄りにマダガスカル館「あいあいのすむ森」の建設工事があった。併せて東岸沿いに景観向上を含めての護岸埋め立て植栽工事と、カワウの繁殖していた松島、柳島、鴨島3島の護岸改修および“整地”工事を今年1月ぐらいから実施した。
2.小型のショベルカーを筏で島に渡して工事した。柳島にあった5本の擬木は “老朽化”し、景観も悪くなり評判も良くなかったので、撤去した。
3.2009年2月11日に120巣数えた。2月23日に、雛や卵を回収し、巣も取り払ってきれいにした。
4.不忍池上の遊歩道から係員が歩いて餌を運べるように今回浅瀬が新たに造成された柳島には、柳の若木2本などが植栽された。この島は今後カワウには遠慮してもらい、いずれ猛禽を展示したい意向のようである。
柳島と松島には、擬木用の穴だけは今回の工事で用意したが、カワウの多くが地上営巣だったので、擬木を立てる予定はない。
鴨島と松島は、工事後は“更地”のままで、カワウが利用してもよい状態になっている。コウノトリやトキ類を展示したい案もあるが、未確実である。
5.今回改修した3島の将来利用に関しては、積極的なプランはまだない。工事によってカワウを不忍池から追い出すという積もりはないが、カワウのコロニーを再建し保護しようとする前向きな方針、施策もない。
6.工事でカワウはほとんど姿を消した。5月23日の「あいあいのすむ森」のオープン式典に先立つ5月18日には、20羽くらいが島に戻ってきていた。その後も20羽ほどがいついている。安心できれば、戻ってくるのではないか。
私自身、今日の午前10:30頃には、柳島に14羽、松島に9羽のカワウが、モモイロペリカン、コハクチョウ(オオハクチョウもいるという)とともに休んでいるのをみた。正午に両島で同じく計23羽を数えた。午前中のこの時間帯で池に飛来、飛去する個体は見られなかった。
7.ついでながら、カワウと競合し得るウミネコの存在に触れておきたい。京成上野駅にほど近い不忍池際のビルの屋上などに休む個体とは別に、柳島で34羽のウミネコが見られた。時には鴨島に下りるのもいたが、いかにも柳島にはいつきそうな“賑わい”であった。
8.不忍池際の展示案内板には、最初に飼育した雛は、大巌寺と浜離宮で捕らえたと書かれていた。私の得ていた情報は大巌寺だけであったので付記する。なお、捕らえた羽数は、案内板には明記されていない。
所感:不忍池カワウコロニーの復活を願って
帰途の足取りは重かった。
まず、ボヤキから。「島の改修工事や池の浚渫工事でもない限り・・・コロニー消滅もまずあるまい」とばかり思いこんでいたら、「工事でもない限り」の工事がついに入っていた。その工事は、年度予算との絡みもあったのだろうが、施工時期を含め工事前後のカワウ保護への影響を意識したものとは思い難い。1978年の改修工事は、柳島を半永久的なコロニーとする条件作りをするためだった。工事目的が違うとはいえ、今回はカワウへの配慮が欠けていたのではないのか。自然のカワウは動物園とは直接関係ないと言われれば、なにをかいわんやであるが。
「1970年以降不忍池一帯をできるだけ自然状態に保ち、カワウを中心としたバードサンクチュアリ的な要素を活かし、できるだけの保護を進めるという上野動物園の先進的な方針と実践」の継続を、私は希望的に信じていた。実際、島の見える遊歩道際の案内板には、カワウは「現在1,000羽以上」と書かれ、日本でのカワウの保護に不忍池コロニーは重要な位置を占めてきたのだから。
大都会での野鳥のオアシスと目される不忍池ではあるが、そこが動物園の西園である限り、動物園トップが変われば経営方針が変わるのも当然至極とも思っていた。それをすんなり受け止めきれないでいた。カワウへの方針がいつの日か消えてなくなっていた、または明らかな方針変更が決定されていたとは、まだ信じたくないほどの気持ちでいる。
希望を先につなごう。
不忍池を後にしたカワウが分散して被害問題の増幅にならないことを祈りつつ、よし最盛期と同じ状態とは言わないまでも、不忍池のカワウはきっと不忍池に戻ってくると信じよう。戻ってきてくれれば、後の多くは人間サイドの問題である。カワウの将来は、園内に棲みこむカワウや他の野鳥を「動物園の客員」としてどう位置付けるのか、動物園トップの判断にかかってこよう。
自然のカワウを本来業務の一環に組み込むことだ。幸い、過去にカワウが利用した不忍池3島の将来プランは、まだ明確に決定されてはいないようではある。島に棲む黒い鳥カワウは来園者に好まれないから成り行きにまかせるなどということではなく、カワウを積極的に“借景”して新たな動物園の姿を改めて強調するチャンスではないだろうか。
カワウが不忍池にコロニーを形成する重要性と価値を来園者に伝える前向きな展示方法を考案する気構えが動物園側にあってこそ、旭川からさえも上野動物園を訪れる人が増えるネタが見えてくるのではないだろうか。都知事の笑顔も見えてくる。それはとりもなおさず、大都市にある野生の大型鳥類のコロニーを世界にアピールでき、UENO ZOOの存在価値を高めることになると思えるのである。
上野動物園の経営陣に、不忍池カワウ保護のエールを心から送りたい。(2009年7月3日 塚本記)