フィルムカメラ時代のこと。野鳥を撮ろうと試みるとき、デジタルカメラとはまた大いに異なる困難や愉しみが経験できた。撮影機材が今日とは比較にならないほどプリミティブであるが故に、撮影のための自然条件や社会事情が今日とはケタはずれに過酷とも思えるが故に、結果の写真を見ただけでは窺えない野鳥撮影のドラマがあった。そうした条件や状況を乗り越えて撮られた生態写真や昔語りを継承することも、バード・フォト・アーカイブスの活動の守備範囲と考えている。
経験は記録に残さないと風化する。古典的な野鳥生態写真撮影法の資料ともなるよう、フィルムカメラ時代に困難や愉しみを味わった先人の経験を再現が可能な内に出来るだけ記録に留め、適宜ご紹介していきたい。
今回は、真柳 元さんのオナガ撮影の手記を掲載させていただく。なお、(括弧内)は、塚本の補足&コメントである。
撮影機材
リコーフレックスIV (二眼レフで野鳥を撮りたい。この無謀なる?意気込み! 一筋縄では撮れないことを知る者の、工夫と苦心と愉しみのスタートである)
レンズ 80mm F3.5 (つまり標準レンズ。望遠レンズが買えたとしても、この手のカメラには装着できない。)
フィルム ブローニー6x6の12枚撮り (1枚もムダにはできないと、シャッターチャンスに神経を集中させる。1回毎のシャッターの重みを感じる。二重撮りは悔しいミスの一つで、なんとしても避けたい。12回シャッターを切ったら、ロールフィルムを交換しなければならない)
ネオパンSSS (当時としては高感度のASA200。動きの速い相手や手振れを考慮して、少しでも早いシャッターを切りたいところから、感度の高いフイルムが選ばれた)
撮る相手がいなくては話にならない
窓辺に餌台を設置したのは1968年12月、オナガが初めて餌台に来たのが1970年6月17日(1年半も待っていた!)、撮影日の10日前のことです。1羽の若鳥でした。成鳥が初めて来たのは6月23日、撮影日の4日前でした。
いよいよ撮影チャンスか?
この時は天下御免の浪人生でした。平日は予備校に通い、週末は徹夜です。撮影日は土曜日の徹夜明けです。日の出が最も早い季節ですが、曇天の為でしょうか、スズメが動き出したのはやや遅めでした。
この日の蒲谷さんの「朝の小鳥」(文化放送の毎朝に、鳥声録音家蒲谷鶴彦さんによる小鳥の声を流す番組。1953-2006年の間、14,000回以上続いた長寿番組)は日光のコマドリ。そろそろ問題集を閉じようかという時、待望のオナガ成鳥が餌台にやってきました。すぐ飛び立ちましたが、5分後には成鳥と若鳥とが再訪。
フィルムの確認
カメラ後ろの赤窓(フィルムを何枚使ったかの数字が表示される直径1cmほどの、フィルム感光除けの赤い小窓)を見ると、12枚中9枚残っています。カメラにはさんだ撮影メモを見て、現在セットされている4枚目が未撮影分であることを確認。この確認を怠ると二重露出で泣くことになります。
撮影状況はというと
餌台はある程度の大きさがあるので手前と奥とではピント合せが必要です。固定据付糸シャッター(三脚にカメラを固定し、鳥が決まって来るところを予想してピントを合わせておき、離れたところから紐を引っ張ってシャッターを切る。一引き必殺[必撮]の古典的撮影法)は断念。カーテンの陰からカメラを構えて撮る方法を試みました。
二眼レフのつらいところは、撮影時には撮影者の頭がカメラより前に出てしまうところです(上から覗き込むようにピントを合わせる二眼レフの宿命)。レンズだけをカーテンから出し、撮影者を隠すとなると一工夫。洗濯バサミでレンズだけの隙間を作りますが、ファインダーを覗き込む通常の姿勢ですと、頭に押されてカーテンがレンズにかかってしまいます。結局、手を一杯に伸ばす姿勢となりました。
ファインダーからは遠くなってしまいますので、きっちりとしたピント合せは困難です。絞り込みたいところですし、こんな時のためにSSSを常用していたのですが、この曇天ですと、一番遅い1/25秒でも、F8がぎりぎりでしょうか(このシャッタースピードで、しかも手持ちで、動きの速い野鳥が止まると思っていたのですね)。
最初のシャッター
カーテンと格闘していたためか、オナガはなかなか餌台に戻ってくれません。やっと戻ってきたところで1 枚。ところが、動きに落着きがありません。
1枚撮ったので、カメラ後ろの赤窓を見ながら、フィルムを巻き上げていきます。行き過ぎると戻りませんし、巻きが足りないと端が隣りのコマとかぶってしまいます。始めはぐいっと一巻きし、じわりじわりと赤窓に現れる次の数字を所定の位置まで巻いていきます(チャンスに連続してシャッターを切ろうなどとは、夢のまた夢)。
2度目のチャンス
今度は1/50秒 F5.6で再挑戦(1/25より倍も速いシャッタースピードなら、手持ちでも、動きの速い野鳥が止まると計算したのですね。それでも1/50秒、嗚呼)。絞り、シャッターをセットし直し、再びカーテンと格闘した後は、じいっと静止して待つこと25分。伸ばした腕がいい加減つらくなってきた頃、やっと戻ってきました(この忍耐! そして、鳥をファインダーに捉えた感動!)。
腕を伸ばしたまま何とかピントを合わせ、一瞬の静止を狙って1枚。それでも、顔ではなく脚にピントがあってしまったようです。ちなみに最初の1枚はやはり顔が動いていました。
撮影終了、そして
寝る時間が少々遅くなってしまいました。一応本業は受験生ですので、一定の睡眠時間は確保しませんと。
2枚目を撮った後で次のコマまでフィルムを巻き上げ(次のチャンスにすぐ撮影態勢に入れるように巻き上げておき、その旨メモするか記憶しておく。次の撮影前に巻き上げてもよいが、巻き忘れてシャッターを切ると二重取りとなり、前のコマ共々オジャンとなる)、撮影メモにデータを記入し(つい忘れがちだが、これが大切)今度はカーテンをぴったり閉めて。お休みなさい(真柳さんの夢の中では、オナガの傑作写真が“出来上がっている”ことは想像に難くない)。
(こうして12枚を撮り終わって現像に出し、結果が判明するネガが上がってくるまで1週間ほど待たされる。「きっと傑作が撮れているハズだ!」と、この数日間は当事者の鼻息が荒く、最も心ときめいているのである。)